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ブログ 1日中、山道。

旧中山道を歩いています。

安中宿 その09

大名小路から奥に進むと、安中市文化センターに突き当たります。 その左手に安中藩安政遠足之碑&日本マラソン発祥の地碑。 安政2年(1855)安中藩が藩士の心身鍛練を目的として、 50歳以下の藩士98名を安中城内より碓氷峠の熊野権現まで、 七里余の中山道を…

安中宿 その08

名前のない交差点を挟んで旧安中藩武家長屋。 この四軒長屋は安中藩では一般的な規模のもので、住んでいたのは中位の身分の藩士。 長屋といっても今の市営住宅くらいの間取りがあるので、なかなかの文化住宅だ。 庭は玉砂利を敷いて公園のようになっているけ…

安中宿 その07

大名小路の先に旧安中藩郡奉行役宅(旧猪狩家)があります。 入館料を払って見学。 係の人がいろいろ説明してくれます。 県内では珍しい曲がり屋で、 上段の間、土間、式台付きの玄関、茅葺き屋根など、当時の姿が復元されています。 市指定重要文化財。 前…

安中宿 その06

郡役所と教会の前に延びる直線道路は大名小路で、並びの安中小学校は安中城跡。 今どきの小学校は大抵校門が閉まっているものだけど、 当校はオープンになっています。 入ってみると、安中城址碑があるだけで、案内板はありません。

安中宿 その05

旧碓氷郡役所の並びに安中教会があります。 明治11年(1878)新島襄から地元の信徒が洗礼を受けて創立された、 日本初のキリスト教会です。 大谷石の日本基督教団安中教会教会堂(新島襄記念会堂)は、 大正8年(1919)に新島襄召天30周年を記念して建てられた…

安中宿 その04

伝馬町交差点を右折すると、市指定重要文化財旧碓氷郡役所。 郡役所は明治11年(1878)に開庁され、初めは旧須藤本陣に置かれました。 現在地に新庁舎が建てられたのは明治21年(1888)。 しかし、残念なことに、明治43年(1910)に原因不明の出火により全焼。 現…

安中宿 その03

安中郵便局が須藤本陣跡だけど、案内板はありません。 立ち去る時に、喜多さんが振り返って見つけてくれました。 郵便局の左の隅に標識&碑が建っています。 これでは京から歩いてくる旅人じゃないと気がつかない。(>_ (門のあるお宅から4軒先が本陣跡の郵…

安中宿 その02

旧道と熊野神社の間に西廣寺(西広寺:さいこうじ)。 石段を上ると、樹齢300年という県指定天然記念物西広寺のツバキ、 市指定史跡柏木義圓の墓・太山融斎の墓などがあります。 狭い境内だけど文化財がいっぱい。 (西広寺のツバキ)

安中宿 その01

中山道歩きの9日目。 9:05久芳(ひさよし)橋をスタート。 そして下野尻交差点。 この交差点は歩道橋があるけど、横断歩道もあるのでイイ交差点です。 今日は4時起きでもう腹が減っているので、 セブン茶屋安中バイパス店で早くもお八つ。(^-^;見慣れた中…

板鼻宿 おしまい

イイ感じの旧道は碓氷川の堤防で消滅。 堤防は丸石の石垣で、中山道標柱がポツン。 堤防の上を歩いてから国道18号に出て、16:15久芳橋の東詰めで今日の旅はおしまい。 当初はあと7kmほど歩いて磯部駅から帰る予定だったけど、寄り道が多過ぎたかな? 日の入…

板鼻宿 その13

車道は左にカーブするけど、旧道は真っ直ぐ。 正面に妙義山が見えます。 その名の通り、山の形が奇妙です。 角のゴミ集積所に、緑色の中山道手作り道しるべ。 今日は初めて見ました。 何と!「中山道17」となっていて、 ナンバリングされているとは今まで知…

板鼻宿 その12

左手に享和2年(1802)製の庚申道標があります。 左面に「従是 一宮/大日 街道」と刻まれています。 一宮&大日はどちらも富岡市にある一之宮貫前(ぬきさき)神社と遍照寺大日堂のこと。 しかし、街道という単語は明治時代に作られたと思っていたけど、 江戸…

板鼻宿 その11

中宿は車の通りは少なく、古い民家が点在してイイ感じ。 中宿一里塚跡を過ぎると、 道端で遊んでいる子供たちが喜多さんの虫取り網に興味を持ち、 何が捕れるのか?聞いてきます。 子供が虫取り網をブンブン振り回しても何も捕れない。 残念だけど、もうこの…

板鼻宿 その10

旧道に復帰。 少し板鼻寄りに戻ると、コスモスの中に中山道標柱がポツンとたたずんでいます。 街道歩きでは先を急ぐ旅人は多いので、 この標柱は数ある標柱の中でもあまり人目につかないかも。 ご苦労さま。

板鼻宿 その09

諏訪神社の隣に蓮華寺。 栄朝禅師木像が県指定重要文化財だけど、 きっと本堂に安置されて観られないと思っていたら、 開山堂に祀られていて、拝むことができました。\(^-^)/ ありがたいことです。

板鼻宿 その08

中宿交差点で中山道に復帰する前に、諏訪神社に寄り道。 明治11年(1878)明治天皇が北陸東海巡幸の際に休まれたという 明治天皇中宿御小休所腰掛石が置かれている。 こんなこぢんまりとした神社だと、 現代なら周りに大勢のギャラリーが集まり、「ムツさま~…

板鼻宿 その07

板鼻宿のはずれで、鷹巣神社の入口を横目に鷹之巣橋を渡ります。 鷹之巣橋の右手(上流)にレンガ造りの橋台が残っています。 昔の橋の跡で、旧橋付近が渡しの跡なんだろうね。 さらにその上流にクレー射撃場があって、銃声が鳴り響いています。 2回撃つん…

板鼻宿 その06

15時も過ぎると日の光が弱まって宿場の雰囲気は寂しい…。 ヤル気のない宿場も寂しい…。 てうちん屋も聞名寺も南窓寺も、入口が分からないまま板鼻堰…。 水路のある街並みってイイなと思うけど、 文化財のある寺の入口には標識を設置してほしいな~。 さっき…

板鼻宿 その05

板鼻宿は案内板や標識がないので宿場町としては寂しい。 福田脇本陣跡はどこなのか分からず、 梵鐘が市指定重要文化財となっている称名寺に寄ろうと思っていたけど、こちらも通り過ぎてしまいました。(>_ 安中市板鼻公民館に板鼻宿本陣跡。 浮世絵ポイントに…

板鼻宿 その04

やっと今日の昼食!\(^-^)/ TV番組で紹介されていて、ぜひ立ち寄りたいと思っていた板鼻館(板鼻2-4-36)茶屋。 ランチタイムが14時半までなのでヒヤヒヤしたけど、 やはり人気店らしく込んでいて、準備中にならずに入店できました。 念願のタルタルカツ丼…

大津宿→三条大橋

先週の日曜日に、 中山道歩きの最終日となる、大津宿→三条大橋を歩きました。\(^-^)/駅だとJR東海道本線石山駅から京阪本線三条駅まで。 歩いた距離は寄り道含めて26.3km、8時間40分の旅。 中山道歩きの37日目にして、とうとう最終日です。今回の石山駅か…

板鼻宿 その03

第九中仙道踏切を渡ると板鼻二丁目交差点。 交差点の手前が見附跡です。 この交差点は榛名道の追分で、片隅に文政13年(1830)製の八幡道道標が建っています。 正面に「やはたみち」、右面に「はるな くさつ いかほ/川原湯 かねこ/澤たり しぶ川 みち」と刻ま…

武佐宿→草津宿

今週の平日に1泊2日で武佐宿~草津宿を歩きました。\(^-^)/ 駅だと近江鉄道五個荘駅からJR東海道本線石山駅まで。 中山道歩きの35~36日目。初日の武佐宿の巻はJR野洲駅まで、寄り道含めて31.3kmで、10時間35分の旅。 当日はちょうど寒気が入ってきて、…

板鼻宿 その02

板鼻下町交差点で国道は左カーブするけど、旧道は右折…ってゆーか、 ホントは真っ直ぐなんだけど、道がねじ曲げられています。 旧道は県道137号となり、左手に板鼻堰があるので、 こちらの方が浮世絵の風景に見えるなぁ…。板鼻堰の流れが右手に移ると祝言道…

板鼻宿 その01

浮世絵ポイント@板鼻宿の市指定史跡寒念仏(かねつ)橋供養塔で、 慌ただしく5分休憩。 供養塔は享和2年(1802)板鼻宿本陣の木嶋七郎佐衛門が石橋を架けた時に、 旅の安全を祈って建てられました。 「寒念仏橋」という名の由来は、寒中に念仏を唱えて回っ…

柏原宿→愛知川宿

先週1泊2日で柏原宿~愛知川宿を歩きました。\(^-^)/ 駅だとJR東海道本線柏原駅から近江鉄道五個荘駅まで。 中山道歩きの33~34日目。初日は醒井宿・番場宿を経て鳥居本宿まで、寄り道含めて22.6kmで、8時間25分の旅。 ちょうど梅の花が見頃で、一日中…

高崎宿 おしまい

群馬県神社庁によると、 八幡宮の社号は単に「八幡宮(はちまんぐう)」となっています。 しかし、社号標やご朱印では「上野國(こうずけのくに)一社八幡宮」となっています。 また、文化財の案内板では、 市も県も「八幡八幡宮(やわたはちまんぐう)」と…

高崎宿 その22

八幡宮は天徳元年(957)山城国の石清水(いわしみず)八幡宮を勧請したもので、 古来一国一社の八幡宮として広く尊崇されていたという古社。 長い参道は八幡大門通り。まず神門に突き当たり、石段。 うう…これも後半に響きそう…。(>_ 石段を上ると、今度は隋…

高崎宿 その21

八幡大門(やわただいもん)交差点にデッカい大鳥居。 「八幡町」「群馬八幡駅」などの地名や駅名の由来になった八幡宮なので、寄り道。

高崎宿 その20

達磨寺(だるまじ)の境内を散策すると、県指定史跡の洗心亭。 平屋で6畳+4畳半=二間だけの小っちゃい家で、 ブルーノ・タウトが夫人と共に昭和9年(1934)から2年3カ月過ごしました。 お寺の境内に民家があるというのは不思議な感じ。 かたわらには、 …

高崎宿 その19

寄り道のため鼻高(はなだか)橋を渡ります。 親柱に達磨が飾ってあります。 カワイイ。 寄り道の先は、高崎名物縁起だるま発祥の地:達磨寺(だるまじ)。 達磨大師立像が市指定重要文化財。 総門をくぐると長~い石段。 これは後半に響くかも。(>_ 霊符堂…

高崎宿 その18

国道を挟んで向かいに富士浅間神社。 う~む、ここから富士山が見えるの?後日迅速測図を見たら、上豊岡町交差点の周辺に旧道が残っています!(◎o◎) アルファベットのMのような形。 迅速測図は高崎までと思っていたので、歩く前に確認しなかったのが悔やまれ…

美江寺宿→今須宿

先週末に1泊2日で美江寺宿~今須宿を歩きました。\(^-^)/ 駅だと樽見鉄道美江寺駅からJR東海道本線柏原駅まで。 中山道歩きの31~32日目。初日は赤坂宿を経て垂井宿まで、23.6kmで、8時間35分の旅。 地図で計測したら15.8kmだったのに、そんなに寄…

加納宿→河渡宿

先日初期中山道を歩いたばかりだけど、 今週久しぶりに中山道を歩きました。\(^-^)/ 日帰りで名古屋鉄道の六軒駅から樽見鉄道の美江寺駅まで、中山道歩きの30日目。 歩いた距離は32.1km、9時間55分の旅。今回の旅は、 高速夜行バスに帽子を忘れ、デジカ…

高崎宿 その17

上豊岡町交差点で国道18号に合流。 国道の歩道とは思えないような草むらの一本道。 駐車場の隣りに藤塚一里塚があります。 群馬県内で現存する唯一の一里塚で、 塚の上には樹齢400年といわれるムクノキが茂っています。 県指定史跡。

初期中山道:下諏訪宿東堀→贄川宿桜沢

先日↓初期中山道プレ調査と称して塩尻を訪れた報告をしましたが、 14日の日曜日に本番を歩いてきました。 予定では紅葉が始まる10月中旬~11月と思っていたけど、 ダメ元でムーンライト信州の指定席券をチェックしたら、買えたので急遽歩くことに。昨年塩尻…

初期中山道プレ調査

中山道は東海道設定の翌年慶長7年(1602)に定められました。 当時は現在知られているルートとは違い、 塩尻峠を通らず、下諏訪宿から南にある小野峠・牛首峠を経て、 贄川宿に通じていました。 その後慶長19年(1614)に現在のルートに付け替えられ、 塩尻宿・…

木曽路再訪

昨年の中山道歩きで上松宿を雨の中を歩いたら、カメラが雨に濡れて壊れてしまい、 次の須原宿で撮れなかった場所がありました。 ホームページ作りで必要になるだろうと思われる写真を数枚ほど撮りに、 8月24日に木曽路を再訪しました。 場所は須原駅から大…

高崎宿 その16

若宮の立場から少し離れて上豊岡の茶屋本陣。 主屋は18世紀中頃の築造。 持ち主の飯野家が最近まで住んでいたそうなので、長持ちしているんだね~。 畳は段になってはいないけど上段の間、屏風絵、庭には木の化石など、 見どころいっぱい。 県指定史跡。係の…

高崎宿 その15

自然石の庚申塔を横目に松本商店屋のだるま工房。 赤く塗った達磨たちを乾かしています。 なかなかカワイイ。

高崎宿 その14

永承6年(1051) 源頼義・義家父子が前九年の役の戦勝祈願のために建立したという若宮八幡宮。 へぇ、こぢんまりしているけど、隋神門もあるし、由緒ある神社なんだね。(◎o◎) 若宮の立場があった場所でもある。しかし、気になるのは祭神。 八幡神って、 フツ…

太田宿→鵜沼宿

先週の日曜日に日帰りで太田宿から鵜沼宿まで歩きました。\(^-^)/ホントは6月に1泊2日で歩きたかったんだけど、 今年は梅雨入りが早くて歩きに行こうと思うと雨。(T-T) 今年度は自治会の役員なので、 泊まりで出かけられるのは第1週と第3週だけなので…

高崎宿 その13

二叉を左に進むと、 祠だけの八坂神社に市指定重要文化財の下豊岡の道しるべがあります。 正面に「榛名山/草津温泉 かわなか/かわらゆ/はとのゆ 温泉」、 右面に「従是 神山三里/三ノ倉五り半/大戸九り半」、 左面に「左中山道 安中/松井田/横川」と刻まれて…

高崎宿 その12

国道に出て石神社を横目に広い空き地。 喜多さんの目がキラリと光ったと思ったら、 空き地で虫取り網を振り回しています。(◎o◎) 萩さんとおらは虫取りの様子を眺めながら10分休憩。 喜多さんはお目当ての蝶が捕れてヨカッタね。(^-^;二叉に自然石の道しるべ…

高崎宿 その11

君が代橋を渡ると君が代橋西交差点を右折して国道406号へ。 交差点の側道から路地を入ったところに万日堂があります。 元は旧道の南側にあったけど、国道18号の拡幅工事のため現在地に移されました。 本尊のみかえり阿弥陀像&「おもしろひ夢見る顔や涅槃像…

高崎宿 その10

君が代橋を渡る前に親柱がポツン。 親柱は昭和6年(1931)のものだけど、 橋名は明治11年(1878)明治天皇が北陸東海巡幸の際に、 馬車で渡られたことを記念して命名されました。 萩さんは一度中山道を歩いていて、その時は橋の北側を通ったそうだけど、 君が代…

高崎宿 その09

赤坂を下り切ると、建物がイイ感じの岡醤油醸造(常盤町5)屋。 喜多さんがグッズを買いたいというので立ち寄ると、店内もイイ感じ。 大間々宿で天明7年(1787)に創業した醤油醸造業河内屋(現岡直三郎商店)の支店で、 明治30年(1897)に開設されました。 店…

高崎宿 その08

赤坂を下ると長松寺。 山門が青い瓦でオシャレ。 境内もキレイで、シオンが咲いています。 長松寺の大間、向拝天井絵及び涅槃画像が市指定重要文化財だけど、 こういった美術品は建物に入らないと観られないと思っていたら、 本堂の向拝を見上げると、ありま…

高崎宿 その07

天保7年(1836)創業の寝具店金澤屋の角を左折。 安政4年(1857)創業の茶店水村園を過ぎると本町1丁目交差点。 途中にある本町三丁目交差点&本町二丁目交差点は漢数字なのに、 本町1丁目交差点だけアラビア数字。(+_+) ここは三国街道の追分なので、特別だ…

高崎宿 その06

連雀交差点の高崎市道路元票を横目に、今度は右手の大信寺。 市指定史跡の徳川忠長の墓があります。 忠長は徳川2代将軍秀忠の三男で、3代将軍家光の弟。 才智に恵まれ、両親が寵愛したため、家光から疎まれたといわれています。 秀忠の死後、数々の乱交が…